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論文情報


データ種別:研究紀要論文

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メタデータID 9396
JaLC DOI 10.14988/pa.2017.0000008528
タイトル ベルリンと映画 ―二つの「零年」をめぐって―
タイトル(ヨミ) ベルリン ト エイガ フタツノ レイネン オ メグッテ
タイトル(その他) The Film and Berlin in the Year Zero
DER FILM UND BERLIN IM JAHRE NULL.
著者 高木, 繁光
著者(ヨミ) タカギ, シゲミツ
著者(その他) Takagi, Shigemitsu
所属 同志社大学言語文化教育研究センター
同志社大学言語文化教育研究センター助教授
刊行物名 言語文化
Doshisha Studies in Language and Culture
8
2
開始ページ 355
終了ページ 379
刊行年月日 2005-12-31
内容記述 本論はドイツの二つの零年に撮られたベルリンについての三つの映画の分析を通して映画的イメージの特性を考察する。『ドイツ零年』においてロッセリーニは、廃墟のベルリンを地獄絵図として描く。そこに属することを拒む少年は繰り返し螺旋階段を上り、ついには死へと身を投じる。この反復的な垂直方向の運動とともに、スクリーン上を幾度も横切る路面電車の水平方向の運動が、映画の構図上の基本線をなしている。ターナーの『ベルリン特急』は様々な数字の反復によって構成され、特に2はこの映画の主題である分身性、類似したものの反復を示している。車窓はスクリーンとしてメタ映画的な機能を果たし、そこにフランクフルトとベルリンという二つの街が破壊され瓦礫となり似通った風景として反復的に映し出される時、それらは都市としての固有性、一回性を失い、幽霊のような類似した二つのイメージとなって重なり合う。それは、一回限りのものから固有性を奪い、複製、コピーという反復的イメージを作り出す映画の本質に対応している。『新ドイツ零年』も相似、分身を表す2の反復によって構成されている。この映画は、「存在と非在」、歴史と精神の間を「揺れながら」、幽霊的な主体の複数性において回帰と逃走を繰り返す歴史という女性(たち)の「物語」である。ゴダールは、この超時間的な「物語」をとおして、第二の「零年」という一回的な時間を「闇の音楽」として聴かせようとする。
Die Abhandlung fragt anhand einer Analyse von drei Filmen über Berlin nach dem gespensterhaften Wesen der filmischen Bilder. In Germania Zero zeichnet Rossellini die zerbomte Stadt Berlin als eine Hölle, die einen Knaben zum Selbstmord treibt. Er geht wiederholt die Spiraltreppen hinauf, die ihn zuletzt zum Tod führen. Mit diesen vertikalen Bewegungen bestimmen die horizontalen Bewegungen der Straßenbahnen die Grundkomposition des Films.Im Berlin Express Tourneurs werden auf das Fenster des Zugs, das als Leinwand funktioniert und metafilmisch das Wesen des Films enthüllt, die Anblicke der zerstörten Städte Frankfurt und Berlin projiziert. Die beiden Stadtbilder sind durch die Zerstörung ähnlich geworden: sie haben ihre Eigenartigkeit als Stadt verloren und ähneln sich wie gespensterhafte Doppelgänger. Allemagne année 90 neuf zero ist durch die Wiederholung der Zahl 2 gekennzeichnet, die auf Ähnlichkeit und Doppelgänger hindeutet. Hier ist von „jeunes filles sans uniforme“ die Rede, die als gespensterhafte plurale Erscheinungsform der Geschichte selbst zwischen Sein und Nichtsein, Geschichte und Geist oszillierend immer auf die Welt wiederkehren und wieder erneut verschwinden.
主題 Rossellini
Tourneur
Godard
日本十進分類法 778.234
本文言語 Japanese (日本語)
カテゴリ 言語文化
言語文化
掲載刊行物所蔵情報へのリンク https://doors.doshisha.ac.jp/opac/opac_link/bibid/SB00952232/?lang=0