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論文情報


データ種別:研究センター報告書

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メタデータID 17633
JaLC DOI 10.14988/re.2017.0000015688
タイトル 反戦の声 : 内村鑑三と与謝野晶子
タイトル(ヨミ) ハンセン ノ コエ : ウチムラ カンゾウ ト ヨサノ アキコ
著者 コヘン, ドロン・B
著者(その他) Cohen, Doron B
所属 同志社大学大学院神学研究科博士後期課程 / 同志社大学一神教学際研究センター共同研究員
刊行物名 一神教学際研究
Journal of the interdisciplinary study of monotheistic religions : JISMOR
2
開始ページ 78
終了ページ 92
刊行年月日 2006-02-28
内容記述 一般論文
1904-05年の日露戦争は、日本が東アジアおよび太平洋地域において帝国主義的覇権を掌握して行く上での重要な第一歩であった。開国後のわずか数十年の内にヨーロッパの帝国を破ったことで、日本は自国の能力に大きな自信を持つこととなる。日本の軍国主義的、帝国主義的な野望に異議を唱えたのは、数名の知識人にすぎなかった。そのうちの何人かは厳格な平和主義の立場をとっており、キリスト教指導者であった内村鑑三もその一人である。彼は、自身の武士の血統に誇りを持ちながらも、次第に厳格な平和主義の見解を採り入れ、果敢に主張するようになった。また、与謝野晶子は別の角度から、戦争を非難する有名な詩を書いている。しかし、彼女の立場は思想的というよりは個人的なものであり、第二次世界大戦へと至る数年の内に変化し得るものであった。戦争による惨状を受けて、日本は平和主義的な憲法を採択したが、国内では改憲を叫ぶ声が強くなってきている。
注記 本稿は、Doron. B. Cohen の口頭発表"Voices of Dissent: Uchimura Kanzo and Yosano Akiko" (2004年2月、エルサレム、ヘブライ大学) の翻訳である。
主題 内村鑑三
与謝野晶子
日露戦争
平和主義

日本十進分類法 198.99
本文言語 Japanese (日本語)
カテゴリ JISMOR 日本語
掲載刊行物所蔵情報へのリンク https://doors.doshisha.ac.jp/opac/opac_link/bibid/SB10243210/?lang=0