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論文情報


データ種別:研究紀要論文

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メタデータID 14242
JaLC DOI 10.14988/pa.2017.0000011721
タイトル 同志社の土着化(1875-1919) (その8)
タイトル(ヨミ) ドウシシャ ノ ドチャクカ 1875-1919 ソノ8
タイトル(その他) The Doshisha : the Indigenization of an Institution (Part 8)
著者 ポール・V・グリーシー
北垣, 宗治
著者(ヨミ) キタガキ, ムネハル
著者(その他) Kitagaki, Muneharu
Griesy, Paul V.
所属 ポール・V・グリーシー / 元帝塚山学院大学教授
北垣, 宗治 / 同志社大学名誉教授
刊行物名 同志社談叢
Doshisha danso
28
開始ページ 1
終了ページ 26
刊行年月日 2008-03-01
内容記述 翻訳(Translation)
片岡健吉社長と下村孝太郎社長はアメリカン・ボードの評価ではすぐれた指導者だったが、惜しいことに社長職は共に長続きしなかった。前者は病死し、後者は日露戦争下の産業上の要請に縛られた。下村社長のとき、これまで敵対してきた校友会、組合教会、同志社理事会の三者は和解に漕ぎつけることに成功した。
The American Board regarded Presidents Kataoka and Shimomura as good administrators,but their tenures were lamentably short due to untimely death and the urgent military/industrial necessity. Under Shimomura,Doshisha's alumni,the Kumiai churches,and the Trustees,the hither to hostile groups,came to be a happy reconciliation.
注記 翻訳 : 北垣宗治
主題 同志社
熊本バンド
アメリカン・ボード
Doshisha
Kumamoto Band
American Board
日本十進分類法 099.02
本文言語 Japanese (日本語)
カテゴリ 同志社談叢
掲載刊行物所蔵情報へのリンク https://doors.doshisha.ac.jp/opac/opac_link/bibid/SB00965488/?lang=0