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論文情報


データ種別:研究紀要論文

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メタデータID 13023
JaLC DOI 10.14988/pa.2017.0000011019
タイトル 「御霊殿」 ― 室町・戦国期近衛家の邸宅と女性たち
タイトル(ヨミ) ゴリョウドノ ムロマチ・センゴクキ コノエケ ノ テイタク ト ジョセイタチ
著者 渡辺, 悦子
著者(ヨミ) ワタナベ, エツコ
著者(その他) Watanabe, Etsuko
Watanabe, Etuko
刊行物名 同志社大学歴史資料館館報
Museum Report
9
開始ページ 7
終了ページ 21
刊行年月日 2006-09-30
内容記述 京都市上京区に所在する本学新町キャンパスの地には明治以前は摂関家の一流・近衛家の別邸「桜御所」があったことはよく知られている。この「桜御所」の名称は近世以降のもので、現存最古の洛中洛外図屏風では「近衛殿」と称され、さらにそれ以前は、近衛家代々の御影を祀る施設をもつ「御霊殿」と呼ばれていたようである。(「御霊殿」には近衛家代々の嫡女が居住し、御影を祀ったと考えられている。本稿は、『後法興院記』をはじめとする近衛家当主の日記等より、近衛室町に所在した近衛家の本邸が焼亡した応仁・文明の乱以降、「御霊殿」は近衛家当主の住む邸宅「近衛殿」となるが、以降も御霊殿の称を持つ近衛家の女性は戦国期を通して存在し続け、その消滅は戦国期から近世初頭であること、また同時期に皇族から近衛家に養子に入った近衛信尋が「御霊殿」に居住する頃を前後して「近衛殿桜御所」との名称に変化することを明らかにした。
主題 御霊殿
近衛殿
桜御所
上京
近衛政家
後法興院記
日本十進分類法 216.2
本文言語 Japanese (日本語)
カテゴリ 同志社大学歴史資料館館報
掲載刊行物所蔵情報へのリンク https://doors.doshisha.ac.jp/opac/opac_link/bibid/SB00952385/?lang=0